2009年5月31日日曜日

ネット広告のありがたさ

最近,ThunderbirdからまたGmail直利用に戻ってきた.
スレッド表示以外が用意されていないのがとても残念なのだが,ともかくメール検索のスピードはThunderbirdにはない強みである.

それでしばらくThunderbirdに移行していた間にかなり古くなっていた「フィルタ」の定義を徐々に改めて──追加・変更・削除している.

そうしているなかで,AmazonであるとかYahoo(の各種サービス)であるとかメールマガジン発行代行サービス(FreeMLとかMag2とか)であるとかの広告メールの膨大さを,またしみじみと感じていたのである.

これらの広告があればこそ,ぼくたちはとくにYahooやFreeMLなどを使用するにあたって,使用料を免除されているのである.実際メール広告はメールソフトやWebメールサービスですこし工夫するだけで簡単に自動削除できてしまうのだから,「使用料免除-広告メール受取」という取り引きは,ユーザー側にとってきわめて割の良いものに思える.

それはウェブサイト上のバナー広告やFlashによる広告も同じである.すくなくともFirefoxを使用しているユーザーは,当人にその気があればかなりの数の広告を自動で消し去り,表示されてしまったモノもまた手動で登録することで,次回以降,類似の画像を自動で消し去るようにできる.

なるほど便利.便利極まりない.もちろん広告のより多くの部分は,サービス使用料とは関係のないものだろう.

それにしてもこれって,サブプライムローンのはなしとどう違うのだろう,と思う.膨大な額の,「効果」のあるなし以前に「表示」すらされない広告に対して払われる,膨大なお金.

テレビやラジオ,新聞,街頭広告なら,「表示」されないということはない.でも,PC上では,すべてのユーザーが──とは言わないまでも,多くのユーザーが電子的なフィルタリングの手段を手もとに持っているのである.電子的な検閲は,徹底的であり拡張も容易である.

その点,ネット広告は「誰も見ていない」というわけではないし実際「ある程度は効果がある」のだろうけれど,結局「投資に見合った効果が──いやそれどころか表示が──なされているか分からない,まったく信用のおけないもの」なのではないか,と.

もちろん,われらの敬愛する企業経営者の方々の多くは,自分たちが思っている以上に自分の頭で考えてはおらず,彼らの愛読書やその手の雑誌に示された「事実」や「法則」にしたがって動くのだろうから,当面は大丈夫.

しかしいずれ「ネット広告の信用おけなさ」が彼らにも理解──もちろんその理解は「理性」よりも「崇拝」や「鵜呑み」によるものだろうけれど──されてしまったら? くわばらくわばら.

0 件のコメント: