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2009年6月4日木曜日

天安門事件20周年──論説を「時代の趨勢」で結べる心性について

「六・四」――キャンパスに流れる“平穏” 北京大学生が感じる「特別な時間」(加藤 嘉一/日経BP)

北京大生として当時頑張った先輩たちに敬意を表したいとは思う。でも、今の俺たちには直接関係ないし、何かやろうとすれば今後のキャリアに大きく傷がつくことになる。

「特別な時間」──それは上からの統制と下からの自己検閲を背景として、そこに学生たちの「場」の変化が加わったようなものだろうか?

上の記事で引用されている学生たちの言葉から感じられるのは──もちろん当局による情報統制や歴史教育の問題が大前提としてあるはずだが──、すくなくとも言葉の上で彼らが「連帯」を示し、そこに「参加」し、そこで何らかの「達成」をめざす、その対象が、その「場」が、20年まえとはすっかり変わってしまっているのかもしれないということ。

今、(言葉の上では、というところは強調しておくべきだけど)彼らの多くが「参加」しているのは、エリートたちに用意された特別な「場」、経済的成功や官僚組織内での上昇をめぐるゲームの「場」であって、彼らの栄達は貧困や人権侵害、公害などで苦しむ人びとの中に見出されない、そういうような。

こうした状態に対して──、

このような状況下で、当局が「六・四」に関する一切の情報を封殺し、報道を徹底的に規制しようとするのは、改革開放という国策およびグローバル化という時代の趨勢に逆行している、と感ずるのは筆者だけであろうか
(…)
社会不安を事前に抑えるという観点から、情報統制を図ることは理解に難くない。
(…)
「六・四」が歴史の1ページに刻まれるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。

──としか言えないのが、結局「日本人」なのかもしれない、とも。

こうした論説にはいかようにもツッコミを入れられると思うが、一番気になるところをあげるなら、「時代の趨勢に逆行」していると非難しながら、「もう少し時間が必要なのかもしれない」──つまり“時代の趨勢がそうさせる”(!)ということ──として結んで済ましてしまう/しまえる心性である。

このすばらしい矛盾。“現実”を説明するのに「時代の趨勢」しか、思い付くことができないのだろう。

しかし、「時代の趨勢」が何だろ言うのだろう。そんなものを論じても、学問的にも思想的にも、何も論じたことにはならないし、何も説明したことにはならないのである。それは、自分が「時代」にコミットしていないこと/コミットしたくもないことの告白でしかない。そんな告白は聞きたくない。“こんなオジサンになってはいけない”、そう思う。

そんなことより僕たちがしなくてはならないのは、中国国内や香港、あるいはまた亡命先の国々で活動を続ける人びとを、言葉の上だけででもいいから後方支援することではないのだろうか?

2009年3月15日日曜日

道新2009年2月20日──「南北之塔」偏見に揺れる

北海道新聞
2009年2月20日 夕刊 1面
沖縄戦アイヌ民族元兵士と地元住民が建立
「南北之塔」偏見に揺れる 一部でイチャルパに異論

南北之塔は、「道内出身者が中心の第二十四師団(通称・山部隊)」に所属した、アイヌ民族元兵士で故人の弟子豊治さんと、糸満市真栄平の住民が、66年、戦争犠牲者の遺骨を集めた納骨堂とともに建立した慰霊碑。

北海道ウタリ協会によれば、「沖縄戦で戦死したアイヌ民族は四十三人(判明分)。真栄平にその遺骨が納められているかは不明だが、同協会は八一年からほぼ五年置きに南北之塔でイチャルパ(供養祭)を催し、別のグループも行っている」。

記事によれば、しかし、「真栄平の一部住民で組織する『南北の塔を考える会』」が、「塔とアイヌ民族とのかかわりを記した本の著者に訂正を要求」(80年代後半?)、また90年頃には「イチャルパを妨害して同会が慰霊碑への道を封鎖したこともある」、という。「塔とアイヌ民族とのかかわり」というのが、どのように紹介されていたものなのかもすこし気になるが、記事はこうした妨害を、ごく一部の住民のアイヌ民族に対するレイシズムによるものとしている。

実際、短くも引用された「考える会」代表の大城藤六の話は、そのようにしか解せないものである。

南北之塔が「アイヌの墓」と言われるのが許せない。北海道出身の沖縄戦戦没者の慰霊碑はほかにある。遺族はそちらに行けばよい

(敵味方にかかわらず、また出自にかかわらず死者を記念する碑を建立する人びともいれば、またかようにそれを拒む人びともいる、というわけだろうか。最近問題となった非正規滞在者の問題にしてもそうなのであるが、他人を嫌悪し、排除することに心血を注ぐことは、あまりにも無益なことである。)

また真栄平自治会代表の喜納康升によれば「集落で南北之塔の考え方は二分している」ということで、彼も「代表」ではなく「個人」としての参加なのだそうである。

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2009年2月2日月曜日

「解雇」では退職金が払われるから…論のおそろしさ

相撲協会の大麻問題で、大麻所持容疑で逮捕された関取の処分について、連日、「解雇」では退職金が払われるからあくまでも「除名」に、とか、今回のように犯罪を犯したものを解雇する場合に退職金の支払いをしないよう規定を変更しようとか、そういう「議論」がある、ということが報じられていた。

これがマスコミがなかば創作した「議論」ではなく、すくなくともあるレベルでの真実であるならば、どうしようもなく自己破滅的な議論である。
処分される人間の地位が高く、また経済的にも十分な生活を送っているから、この上退職金を払わない、というのならばまだわかる。
しかしスポーツ選手である。そして社会的後ろ盾としてはまったく唯一のものである相撲協会から解雇されるのである。いったい、彼はどのように更正したらよいというのだろうか? 社会的なものも含めてあらゆる資本を失った人間にできることといったら、限られている。
ようするに厳罰化──法的にも社会的にも──の行き着くところは、さらなる犯罪の増加、そして「異分子」として“われわれ”が排除したところの人びとの増加しか呼ばないことは、当然予測されるべき自体である。

実際、こうした事例に限らず、「犯罪者」が法廷の外であらかじめ、そして半永久的に裁かれてしまうということは、マスメディアを通じて「当然のこと」とされているけれども、これは大変な問題である。

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2008年11月23日日曜日

みんぱく研究フォーラム「無国籍者からみた世界-現代社会における国籍の再検討」

みんぱく研究フォーラム
無国籍者からみた世界-現代社会における国籍の再検討


大学の講義で,無国籍者についての話のとき,教授が「みんぱく」がどうこうと口にしていたので,検索したら出てきました.興味深くもあり事前に参加登録をして参加(見学)してきました.

みんぱくが東京でひらくフォーラムというと,年に何度か,日経新聞と協力するかたちで実施しているもの──同新聞社の本社ビル内のホールで実施──を思い浮かべていたのですが,今回はまったく具合がちがいました.

会場は国連大学本部ビル(青山学院向かい)の5階で,ホールの規模こそ小さいものの,同時通訳用機材と革張りの椅子など,会場に入った瞬間「来る場所まちがった…」な気分になる場所でした.それこそ普段は国際会議などに使用されているのでしょう.

司会の阿部浩己(神大法科)の「国籍問題──国際法 / 在留資格──(国内の)移民法」という整理のうちでは,どちらかというと後者の問題がよく話されていたように感じました.

法律上または事実上,「無国籍」となってしまうことは確かに大きな不利益をその個人に及ぼすのであるが──そしてそれらの事例とその背景にある問題というのは大変に興味深いものなのだが,しかしそれ以前にというかそれ以上にというか,特に日本においては行政窓口における制度の運用がまずいという指摘はなお興味深かったです.

これは山口元一(弁護士)が指摘したところで,さまざまなサービスの提供や,何らかの申請の場面で,法律上もしくは政府の決定上では必要とされていないような書類を求めるということがしばしば堂々と行われているということ,そもそも国籍を証明するためのものではない外国人登録証に記載された「国籍」を文字通りに「国籍」と見ることなど.

それにしてもパネラーの1人,ユージン・アクセノフ(インターナショナルクリニック院長)は,自身の受けた教育と医師という社会的・経済的ステータス,歴史的偶然(敗戦時は「日本人」以外それも多言語理解者が大変に優遇された)というまさしく幸運によって80年間無国籍生活を「楽観的」に送ってきたのだそうで──司会からも再三「〔会場内の〕マイノリティ」と呼ばれていましたが──ようするに「お金があれば何も困りません,私は困りませんでした」という以外なにも発話するつもりがなかったようでした.

そうした「個人の問題」,「能力の問題」──そこではしばしばその「幸運」がいかに社会的・歴史的なものであるかが忘れられるか過小評価される──として議論したところで何も得るものはないのですが.

そういうわけで個人の来歴とその当人の思想とか思考法というものとが如何に相互に結び付いたものであるかをしみじみ感じた次第.


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2008年10月23日木曜日

大仕事がだいたい終わった

この秋の大仕事,3件の公開を終えた.
コストの削減や,コンテンツの更新可能性の保証──へたに外注すると緊急性の情報更新の方法がない場合がある──など,ウェブサイトを自前で作成・管理することには,それなりに意義のあることではあるが,今回はちょっとやりすぎである.あとは更新作業….






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2008年10月18日土曜日

国境なき記者団がオンライン署名──アンナ・ポリトコフスカヤのために正義を

一昨年の10月7日,ロシア人の記者アンナ・ポリトコフスカヤが何者かに殺害された事件に関連してRSF(国境なき記者団)がオンライン署名を集めています.

Reporters sans frontières - Russie
« Justice pour Anna Politkovskaïa »
Nous exigeons la création d’une commission d’enquête internationale pour établir la vérité sur l’assassinat d’Anna Politkovskaïa, le 7 octobre 2006 à Moscou. Nous demandons que la justice soit rendue dans la plus grande transparence et que l’impunité des assassins de journalistes cesse enfin.

いわく,
「アンナ・ポリトコフスカヤのために正義を」
2006年10月7日,モスクワで,アンナ・ポリトコフスカヤが殺害された事件について真実を明らかにするため,国際的な調査委員会の設置を要求します.
私たちは,真実が明らかにされ正義が回復されることを,そしてまたジャーナリストの殺害に対する免責に終止符の打たれることを望んでいます.

  1. 「Votre nom ou pseude」に名前(もしくは仮名)を,
  2. 「Votre adresse email」にメールアドレスを入力し,
  3. 「Valider」ボタンを押すと──
──しばらくあとに確認メールが届くので,そこに書いてあるURLにアクセスすると署名が完了します.

参考: ロシア連邦:表現の自由は窒息寸前 - アムネスティ日本
チェチェンやイングーシなど北コーカサスの人権状況について告発しようとする人権擁護活動家、弁護士、ジャーナリストは、嫌がらせや脅迫を受け続けています。 政府に対する反対意見を表明する自由が急激に失われつつあり、そのことがさらなる人権侵害を助長しています。

2008年10月17日金曜日

曽金燕さんと長女 五輪期間中,軟禁状態に

asahi.com(朝日新聞社):人権活動家の妻子、五輪の前日に軟禁 中国当局 - 国際
【北京=峯村健司】中国の人権活動家、胡佳氏(35)=国家政権転覆扇動罪などで服役中=の妻曽金燕さん(25)と長女の胡謙慈ちゃん(11カ月)が、北京五輪前日の8月7日、公安当局者に連行され、遼寧省大連市のホテルに軟禁されていたことが関係者の話でわかった。

中国政府はいつまでこのようなことを続けるつもりなのだろうか.

資本家に味方しては庶民の家を奪い,社会的弱者に味方して政策に疑義を呈するするものには刑罰で答える.否,そもそも社会的弱者の存在そのものを否定したい….

国民の声を適切に代表していると見なされていてこそ,国家といふものは正当化されるものであって,その限りにおいてあるいは一党独裁という政治体制のぎりぎりの正当化も可能なのかもしれないとは思うが,個々の意見に暴力で対応するような国家はそもそも論外である.

何よりも,今日の中国のような,剥き出しの資本主義社会を建設した人びとが,あくまでもあの党名を身に帯びていることが,許されざることのように思われる.

曽金燕さんと長女の自宅軟禁の解除,胡佳さんの拘留環境の改善と,早急な釈放を願う.

1 Click アクション 胡佳さんの釈放に向けて、一人でも多くの署名を
胡佳さんをはじめとする、平和的手段で自らの意見を表明しただけで拘禁されている中国の「良心の囚人」を直ちに釈放するよう、アムネスティは取り組んでいます。以下の要請文に、皆さんの署名をお願いします。 ★ 集められた署名は、アムネスティ日本から中国政府に年内に郵送します。 ★ 署名の締切: 2009年12月10日(世界人権デー)
参考:緊急アクション 胡佳さんの即時・無条... | AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN

2008年10月10日金曜日

世界人権宣言60周年

今年の秋はどうも忙しく、大学院が始まったというのにこんなにウェブサイト作成にばかり関わっていていいのだろうか(否、いいわけがない)、という感じです。首と肩が常にかちかちで、側頭部が痛みます。

それでも兎も角、この間、同時並行で進めてきた作業のうちの1つが大略終了し、その成果が公開されることになりました。

1948年に国連で採択され、すべての人に生来に備わったものとしての普遍的な人権をうたう宣言。この宣言の一条々々を平易なことばに直した「人権パスポート」に署名して、宣言の主旨を広めよう!というもの。さっそく署名しました↓(写真欄はおふざけです)

2008年9月28日日曜日

さすが麻生内閣,どうしようもない閣僚を入れている

もちろん,自民党のお歴々の「失言」は,以前から,失言や誤解などではなく完全に確信犯による攻撃行為にほかならないのだけど,なるほどこの「連発」ぶりはすごいかもしれない.

26日に謝って,27日にはまたやっている.
(ただし当人は北海道ウタリ協会や千葉県知事・成田市長にはちゃんと「謝って」いるけれども,日教組には謝っていない.なので27日のそれは,いかなる意味においても「失言」などではなく,攻撃を意図した誹謗中傷ということになる.)

新聞紙上などでみると,いちおう「保守の論客」ということになっているらしいが──本人もきっとそれで悦に入っているのである──これは単なる差別主義者である.
「日本は単一民族国家」という認識も,成田空港建設問題についての認識も,またもちろん大分県教委の不祥事は日教組のせいで,同県の児童の学力が低いのも日教組のせいで…という認識も(まずもってこの人の「学力」が疑われるべき),あきらかに佐藤裕のいう「同化」言説──A(差別者)は,B(被差別者)を「排除」する行為を通じて,C(共犯者)を「同化」して「われわれ」をつくろうとする──そのものであると思う.

ようするにこの(元)大臣は,アイヌ民族や琉球・沖縄,在日外国人といった人びとに代表される──日本列島社会を構成するさまざまなエスニシティを持つ人びとを無視し「排除」することによって,同質的な「われわれ」(日本人)を語り,空港建設に抗議した人びとのことを「ごね得」などといって非難することで(「ごねれば得」というのは実際にはありえないことだ),「公」のためには自分を犠牲にできる「われわれ」を称揚し,しまいにはどこかの教育委員会の不祥事の原因を日教組に着せて,自分たちを浄化している.

河村官房長官や野田聖子消費者担当相にとっては,これは人びとを「誤解」させる発言なのだそうだが,もちろんそれは,それこそ彼らの「誤解」以外のなにものでもない.国交相の発言──だけに限らず自民党のみなさんの「失言」のすべて──は「誤解」というレベルのものではない.だって,誰が聞いたって,間違いようもなく,差別発言じゃない,と.

2008年9月10日水曜日

佐藤裕『差別論』読了

「差別」をその行為,それが行われる過程に注目して,差別者-被差別者という2者関係(心理学的分析)に代えて差別者-共犯者-被差別者という3者関係(社会学的分析)の間で行われる「同化」と「排除」という概念で分析する.

非常におもしろい.そしてかなり読みやすい.何かよい着想を得られた,という感じ.しかし本書は表現がちょっとあいまいな部分もあり,物足りない.

2008年8月28日木曜日

『闇の子供たち』読了

東南アジアにおける児童売買,売買春,臓器売買(もちろん子供たち自身はこれらの経済の主体として存在できない)の解決にとりくむ,現地のNGOと,海外からこれに参加するボランティアを主人公とするお話.

8歳前後で売られ/買われ,監禁され,「訓練」を受け,売春をさせらて,エイズやその他の病気,暴行で死亡すれば文字通り,ゴミ処理場に捨てられる子供たち.こうした子供たちを保護しようと活動する人びとは,マフィアどころか,警察や軍の暴力の標的となる.

あまりにも救いのない世界.

児童売買春の問題にかぎらず,労働問題,人権問題,環境問題,さまざまな「救いのない」問題は,いつも僕たちの生活──社会・経済──と表裏をなすものなのに,そうした問題はますます僕たちのもとから,地図のうえでも,意識のうえでも,遠ざかっていく….僕たちは,何のために学校で「公害」だとか「貧困」だとかいう言葉を,いったい何のために勉強しているのだろうか? 中国のことでも,同じことを考えさせられる.

「国」は閉じた社会ではない.国と国との間で,人も金も物も動く.世界は,地続きのひとつの「場」である.なるほど,それは平坦に統合されている「場」ではない.ある国/地域にはその地域ごとに政府があり自治体があり,企業があり,マフィアがあり,NGOがあり,それらが互いに関わり合い,もがき合う「場」が存在する.そしてそうした小さな(?)「場」は,より大きな「場」を構成する.北側の資本と権力は,南側の「商品」を買いあさり,それが「商品」の生産を刺激する.北側が廃棄物を捨てる場所を求め,南側が「処理場」──貧弱な環境規制──を提供する.

最悪である.むろん自分自身をもふくめて…

2008年8月13日水曜日

北京オリンピックでオンライン・デモ!

国境なき記者団のウェブサイトで、Cyber manifestation(オンライン・デモ)を実施中です。

入力フォームに名前と所在地(例:Tokyo、Japon)を入力して、スローガンを選ぶと、右の写真のごとく、オンライン・デモに参加できます。
フランス語版と英語版があります(画面右上の国旗で切り替え)。

死刑執行、「労働教養」、人権擁護活動家の弾圧、インターネット上にまでおよぶ検閲体制など、中国の人権状況についてはこちらをご覧ください。

以下、稚拙ですが翻訳。

オリンピック・スタジアムの前で抗議行動を

中国政府は、オリンピック開催前に国内の人権状況を改善するという、自らの約束を裏切りました。100人ほどのジャーナリストとサイバー・ディシデンツ(オンラインで「反体制的」な活動を行う人びと)が投獄され、出版物とインターネット上の、あらゆる場所に、絶えず、検閲が行われてきました。当局は、オリンピック期間中の一切のデモを禁止しました。

そして、中国全土における報道の自由に対するこの恐るべき暴力にもかかわらず、各国政府の首脳陣や王室の人びとは、8月8日の開幕式に出席することを決めました。

しかし私たちは、中国政府の態度を承認しません。私たちとともに、北京のスタジアムの前で、デモに参加してください!

オリンピックと抑圧は歩調をあわせている(オリンピックは抑圧と韻をふんでいる)

北京ではオリンピックが開幕したにもかかわらず、50人以上のサイバー・ディシデンツと30人以上のジャーナリスト──著名な中国人ブロガーであるHu Jia(2007年12月に逮捕)など──は、いまだに檻の中にいます。Hu Jiaは、オリンピック組織委員会を批判したために逮捕され拘留されている、「オリンピックの囚人たち」の1人です。思想犯たちの解放、死刑執行の一時停止はなく、労働による再教育(労働教養)はいまだに存在します。当局はこれらのことを実施する構えを一切見せませんでした。

あなたの意見を表明してください、そしてオリンピック期間中のデモに参加してください!

2008年8月11日月曜日

道新を急いで読む 8.03

長らくため込みがちにしてしまっていた新聞を急いで読む。

8月3日

1面には共同通信社による内閣支持率関連の世論調査や赤塚氏の話などが載っている。

2面。中国のオリンピック開催決定に至るまでの歴史について、左半面を割いている。
今回の北京オリンピック招致が決定したのち、「社会の安定」のためという名目のもと、人権擁護活動家や社会的マイノリティに対する弾圧を強めてきたこと、オリンピック開催のため補償なく立ち退きを強制され、これに抗議したため逮捕・起訴された人びとのことにも触れている。「一気に民衆活動が活発化し、中国が混乱する恐れがある」という社会科学院研究者のことば。
今の中国の状況が「秩序」だというのならば、「混乱」こそが必要ということになろうか。

7面。過去150年間でその面積を半減させたアルプスの氷河、オーストリアでは2005年から太陽光の90%を反射するシートを氷河末端にかぶせ、氷河の後退をとどめる試みがはじまっている、とのこと。

31面。文献上では、アイヌ民族(クリル人)の生活圏がカムチャッカ半島までおよび、現地の住人と交流のあったことも指摘されている。これを考古学的に(物質文化的に、と言い換えていいだろうか)検証するための発掘調査が、2004年から明大・高瀬克範氏によって行われている、というはなし。発掘地・ナルィチェヴォ遺跡では、今のところ「アイヌ民族の遺跡と裏付ける遺物も、否定する材料も出ていない」(同氏)。

2007年12月20日木曜日

RSFのオリンピック・キャンペーン

国境なき記者団(RSF)の本部はパリにあったはずで、当初は、ウェブサイトもトップページはフランス語がメインだったと思う。しかし最近、ふつうにアクセス(最初のページの手錠の五輪をクリック)すると、英語版が表示される。やはり多くの人びとにアピールする上では、英語が一番、ということか。

(以下、翻訳の精度に保障なし)

  * * *

Un an avant les Jeux olympiques, la répression continue
オリンピックまであと一年、今も続く弾圧

2001年7月13日、国際オリンピック委員会(CIO=IOC)は、2008年夏の五輪大会を北京に決めた。これと平行して中国の警察は、社会を撹乱する分子─とくにインターネット利用者やジャーナリストに対する抑圧を強めた。6年後の現在も、何ら変化がない。表現の自由と人権状況の向上はなおざりにされているのに、国際組織はくりかえし弾圧の拡大を告発しているが、IOCメンバーは耳を貸そうとしない。

RSF(国境なき記者団)は当初から、北京での五輪(JO=“des Jeux olympiques”)の開催決定に対し、意見をのべてきた。 開会式の1年前、RSFは、メディアやインターネットが政府─とくに胡錦濤・国家主席(le président Hu Jintao)によって「敵対勢力」と名指しされた者たちに対する戦略部門のひとつ─による不断の監視を受けていることを、再度のべた。広報局、公安局、そしてサイバーポリス─保守勢力の砦─は、検閲の実施を綿密にするよう命じられている。

中国では現在、少なくとも30人のジャーナリストと50人のインターネット利用者が投獄されている。1980年から数年のうちに(?)。政府は数千の情報サイトを閉鎖している。中国語、チベット語、そしてウイグル語による、およそ10ほどのインターネット・ラジオ番組が妨害を受けている。情報サイトとフォーラムにつづき、今、当局はブログや動画交換サイトの検閲に力をいれている。この国のブログ・ツールには、秩序を“破壊するもの”とか“誹謗中傷するもの”と判じられたキーワードをブロックするフィルターが内蔵されている。法律は、批判の声を黙らせるために用いられる合法的な告訴によって(?)、“国家機密の暴露”や、“秩序の破壊”、“誹謗中傷”を厳しく罰している。外国人ジャーナリストの活動に対する規制の緩和にもかかわらず、いまだに中国人ジャーナリストをインターネット・メディアで雇うことや、チベット、新彊ウイグル自治区(Xinjiang)に行くことは不可能なのである。

約束は反故にされている

五輪を誘致するため、中国当局はIOCと国際社会に対して、人権の分野における具体的な改善を約束したが、既成の事実となった開催権のもとで態度を変えた。当時の副首相Li Lanqingはたとえばこう断言していた。2001年のIOC採決の4日後、“五輪での勝利”がこの国民に、“社会不安を煽る”法輪功(Falungong)の宗教運動と戦い、その“健全な生活”を守ろうとさせずにはおらない、とのべた。少なくとも100人の法輪功信者が拘置所で死亡し、何千人もが投獄されている。

その後、今度は胡錦濤─当時の副主席で現在の主席─が次のようにのべた。北京の“輝かしい勝利”の後は、“ダライ・ラマ(dalaï-lama)により組織された分離独立運動と、世界中の反中勢力に対する毅然とした抵抗がもっとも重要な問題”である。この国の西部にはイスラム教徒の大きなマイノリティ集団が存在するが、新彊の地方当局は“分離独立主義”のかどでウイグル人たちを処罰してきた。

とにかく、警察と司法は犯罪に対する“断固とした手段”のキャンペーンの続行を指示された。数千人の中国人が、毎年、公の場─ときにはスタジアムで、銃殺や致死性薬物の注射によって処刑されている。

IOCは、これ以上黙認することはできない

“オリンピック開催がこの国の人権状況を改善するだろう”との期待をいまだに持っている民主国家の政府連は判断を誤っている。いくつかの政府から賞賛された“建設的な対話”は何らの成果をも得ていない。

この7年間を通じて、ジャーナリストとサイバー空間で活動する反体制運動家に対する弾圧は減っていない。そして今後も弾圧は続くだろう。IOCは中国の体制に、“安全なオリンピック大会を準備する”という熱意を以て処罰にあたること許した。北京政府にとって、それはよりいっそうの反体制活動家の逮捕、さらなる検閲の実施、そして社会的な異議申し立ての動きの撲滅を意味している。

祝典を台無しにすることも、オリンピックを人質にすることも論外である。しかしながら中国は、IOCの暗黙の同意のもと、オリンピック大会とその精神を人質(正当化の具材)にしている。今、世界のスポーツ競技界は、長年彼らが求めてきた自由というものが、結局は中国人にとっても利益となる、ということを述べる必要がある。オリンピック憲章は、スポーツが“平和な社会の建設と人間の尊厳を守ることへの配慮を促すことを目指し、人類の調和のとれた発展に寄与すること”を規定している。競技選手とスポーツ愛好家にはその資格があり、憲章を守る義務がある。IOCはその所信をしめし、オリンピック精神の価値が中国当局によっていとも容易くないがしろにされることのないよう、あらゆる手をつくす必要がある。

今日、IOCは、中国政府に対して善意の証明を要求するためのより良い位置におり、当局に対して、2008年8月8日の開会式までに人権状況のいちじるしい改善がなされることを求めなくてはならない。
IOCはまた、中国がもっとも重要な市場であり、彼らのすることを邪魔立てしてはいけないと考える結果として、経済的な関心のまえに譲歩するようなことがあってはいけない。

民主主義なくしてはオリンピックではない!

RSFはオリンピック国内委員会、国際委員会(IOC)、競技選手たち、すべてのスポーツ愛好家たち、そして数限りない中国国民の基本的な自由への冒とくに対して、自身の不満を表現するための権利のために活動する人びとに向けて、求める。

2001年の北京での五輪開催決定ののち、Harry Wu─19年間この国の刑務所内ですごした反体制活動家─は、中国が“民主政体でオリンピックを出迎える名誉を得ることができないことは”深く遺憾とするところである、とのべた。

“政治的には大変重大な誤りであり、人間的には卑劣であり、法律的には犯罪である”。ロシアの反体制活動家、Vladimir Boukovskiが、1980年のモスクワ五輪の開催にさいして発した憤りの叫びは、今も現代性を保っている。

2007年12月18日火曜日

セカンドライフ内にも国境なき記者団オフィス…


Reporters sans frontières sur Second Life」(RSF)

いわく、

2007年5月3日、RSF(国境なき記者団)はセカンドライフ─インターネット上で「アヴァター」をあやつって「第二の人生」を送ることを提案する─の中にオフィスを開設した。
セカンドライフは、ユーザーに情報発信と情報収集の場(討論、展示会、会議など)を与える。

このオフィスを訪れれば、報道の自由の最新動向、世論を喚起するための最新キャンペーン、そしてもちろん今後の重要なイベントについても知ることができる。

オフィスを見つけるためには、検索エンジンに「Reporters sans frontières」とタイプすればいい。
RSFはセカンドライフ上でも(現実世界と同様に)報道のためのヴァーチャル会議を組織する。


…とのこと(翻訳の精度は保証しません)。

もっとも、SNSやその発展形(なのかな)のセカンドライフ自体には、まったく馴染めなかったし今も興味はないのだけれど。