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2011年1月9日日曜日

ブクログで探しちゃうブックマークレット

ブクログで配布されていた「ブクログに追加」ブックマークレットが、岩波書店のページとかその他でぜんぜん役に立たないことにイラっときてつくりました。

「ISBN : ~」とか「IEBN-10 : ~」とか「IEBN-13 : ~」とかの記述をページ内で探して、その情報をもとにブクログで書籍検索を実施します。そんだけです。

以下のリンクをブックマークバーなどにドラッグすれば、使えるようになるはずです。

ISBNをもとにブクログで探す

ISBNをもとにブクログで探す(ASIN・EAN対応)

※テスト用ISBN-13: 978-4791762460

2009年6月8日月曜日

紀伊国屋BookWebの書籍データはやはりちょっと…

今日、ふと思い立ち確認してみたところ、「成田竜一」は「成田龍一」に直っていた。

しかし今日書籍検索をしていてわかったが、「リュシアン フェーヴル」では何も引っかからず、「フェーヴル」でもだめで、「リュシアン・フェ-ヴル」でないと彼の書籍が抽出されない、ということがわかった。

しかもゴシック体フォントだとわかりにくいかも知れないが、「フェ-ヴル」は「ー」(長音記号)ではなく「-」(ハイフン。全角のマイナス記号)なのである。(ただしBookWebの検索システム上では長音記号と全角ハイフンは互換関係にあるようで、長音記号であらわした「リュシアン・フェーヴル」でも同じ結果になる)

そういうわけで彼の『書物の誕生』などの著作を検索するのに、まず「リュシアン」で検索して、検索結果1件目の『“ヨ-ロッパ”とは何か?』の書籍情報を表示し、そのなかの著作者情報から「フェーヴル,リュシアン【著】〈Febvre,Lucien〉」というリンク(しかもここでも表記法が違うことに注目!)をクリックして、彼の書籍一覧を得る、というようなことをしてしまった…。

ここまでひどくはないが、「エドワード・サイード」と「エドワード サイード」では検索結果が異なる。「ピエール・ブルデュー」を「ピエール ブルデュー」にすると、なぜか検索結果の件数が減少する(!)。

そういうわけで、やはり紀伊国屋BookWebの書籍データはやはりちょっと劣悪である。

2009年6月1日月曜日

成田竜一ばかりではなかった

その,紀伊国屋BookWebの書籍データの誤りをもうひとつ見つけてしまった.
木島日記』の著作者名(森美夏)が抜けて,原作者名(大塚英二)だけになっている…

数日間で2件も見つけてしまった──もしかして紀伊国屋BookWebの書籍データは全体としてかなり劣悪なのではないだろうか,と考えてしまう.すくなくともAmazonの数百倍劣悪っぽい.

2009年5月27日水曜日

紀伊国屋BookWebの成田竜一(成田龍一)


ふと気がついたのだが,最近よく利用している紀伊国屋BookWebで,「成田龍一」と検索してもたった2件しか表示されないのだが,「成田竜一」で検索すると,13件表示される(うち事実上の重複1件).

もちろん正しいつづりは前者だが,正しいつづりで検索している限り,彼の書物はほとんど見つからない.そういうわけで,入力ミスというのは1件1件まちがうものではなくって,こうしてゴッソリとまちがうものなのだな,と半ば感心.

2009年3月30日月曜日

『ドレフュス事件のなかの科学』読了

アラン・コルバン『においの歴史―嗅覚と社会的想像力』(なぜかくも記述に年代を添えずに読者を混乱させようとするのか!),ノーマ・フィールド『小林多喜二―21世紀にどう読むか』(なんとなくまとまりのなさを感じるのだが…)に続き,菅野賢治『ドレフュス事件のなかの科学』を読み終えた.三・四百ページあるとどうしても一週間以上かかってしまう….なんとかならないものか.

難解な部分もあるが,平易(?)な部分もある.記述は丁寧である.ただ本文中に出典のこまかな内容まで括弧内記述してあるせいで,読みにくさがある.脚注でも傍注でも割注でもいいから,本文と区別してほしかった.

19世紀末~20世紀初頭のフランス「科学」思想界のようすをすこし垣間見たような気がした.デュ・パティ・ド・クラムやベルティョンの暴走ぶりは,今か らしてみると,また彼ら個人を周囲から切り離して見るとかなりおもしろくもあるのだけれど…反ユダヤ主義の文脈のなかで,あるいは「科学」思想の問題とい う文脈のなかで考えると笑ってもいられない.


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2009年2月20日金曜日

ロベール・ミュシャンブレッド『近代人の誕生』

ロベール・ミュシャンブレッド著、石井洋二郎訳近代人の誕生 フランス民衆社会と習俗の文明化を読んでいる。比較的分かりやすい言葉遣いで、なんとか一日一章~二章のペースで進める。

先週までちまりちまりとディスタンクシオンⅠ(ピエール・ブルデュー著、石井訳)を読んでいたのだが、これは諦めた。具体的な分析の記述はまだしも理解できるのだが、抽象的な話題に入るとやはり難解。差異と欲望 ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む(石井著)で満足したことにしてしまおう…

ともあれ、訳者の石井氏も述べているとおり、『近代人の誕生』には、『ディスタンクシオン』に通ずる用語が頻繁に登場するし、ブルデューが使用した概念としての「ディスタンクシオン」(Distinction)を用いて解釈可能な部分も頻出する。

どちらの研究でも、主な分析対象は「教養」とか「文化」とか呼ばれるもの(Culture)の空間の階層構造と、諸資本(経済資本・文化資本・人間関係資本など)にもとづく社会的ヒエラルキーの関係性であるから、当然と言えば当然なのだが。

もっとも、『近代人の誕生』では、後者の分析で「資本」概念は用いられていないし、〈教養=文化〉の〈差異化=卓越化〉の要因についての掘り下げも少々甘いように感じる。

また著者(ミュシャンブレッド)は、アンシャン・レジーム下の民衆の習俗の分析にあたって、しばしばフロイトの研究について言及するのだが、これがどうにも納得がいかない。こちらがフロイトの用語をほとんど理解していないことも要因として大きいのだろうけれども(そして僕には人間の“精神”というのは結局“ブラックボックス”でしかなく、よりよい解釈装置のようなものが見いだされることはあるとしても、その一般性はきわめて疑わしいものなのではないか、と考えている)、しかしそもそも習俗の差異化という現象について説明する際に、フロイトまで持ち出す理由がないような気がして仕方がない、というのが一番大きい。

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2009年1月13日火曜日

『ウィキペディア革命―そこで何が起きているのか?』──もっと良質の翻訳がほしい

何となくおもしろそうに思って、『ウィキペディア革命―そこで何が起きているのか?』を買って、読んでいる。

しかし──読んでいる途中に感想を書くのもあれだが──、翻訳者がコンピュータ用語に通じていないためか、原書の著者がそうであるためか、あるいは日本とフランスとでコンピュータ用語体系に違いがあるためか、意味不明な表現箇所が散見されて残念である。たぶん翻訳がうまくないのだと思う。コンピュータ用語と関係のない部分でも、文意を解せない箇所があるから。

ウィキペディアが──ウィキペディアそのもの、ウィキペディアの運営者個人、ウィキペディアで執筆する人びと、ウィキペディアを利用する人びと、そのそれぞれが──持つ問題性を考えれば、この読みにくさはまったく残念である。

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2008年12月13日土曜日

加藤周一『読書術』

加藤周一の『読書術』を読んでいる。

実用書や啓発書の類はどうしても読みながら著者を軽蔑するこころがどこからか湧いてきてそちらと戦うのに一苦労であったりするのだが、やはりそれは著者次第ということなのだな、と思う。文体はとても読みやすいし、軽薄のにおいもない。

今まで読んだところまででは、それと明言はしていないが、加藤の語りかけの対象があきらかに「男性」に限定されていることや、「国民性」を懐疑・躊躇なしに語るところなど気になる部分もあるが。そんな加藤を相対化して吸収することにそれほど苦労はない。

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2008年12月3日水曜日

『国語という思想』を読んだ後に『日本語が亡びるとき』を読む

イ・ヨンスクの『「国語」という思想』を読んだ後に、水村美苗『日本語が亡びるとき』を読み始めた。
しかも『「国語」という~』の前には、ベネディクト・アンダーソンの『増補 想像の共同体』を読んでいた。
おそらくこの順序がまずかった──否、むしろ幸いしたというべきか。

問題となったのは、三章の「地球のあちこちで〈外の言葉〉で書いていた人々」。
ゼミの課題として読んだのだが、水村の用語法のまずさや、『想像の共同体』の読み込みの乱暴さに終始困惑を覚える章である。
この章のなかで繰り返し使用される、「本質(的)」という語もまた、その使用方法がいかにも軽々しい。

用語法

用語法については、水村は「国語」という用語を、①国民国家以前のエスニックな集団の俗語はもちろん、②ある領域における公用語のようなものについても用いようとしているように思われる。これがまずあまりにも衝撃的で、困惑を引き起こす部分である。これが物書きのすることなのか、と。

この語が、日本の学校教育で教えられる「日本語」を思い浮かべるにしろ、あるいはもっと露骨に日本政府の委員会などを想起するにせよ「公的」「政策的」な意味を負っていることは(僕にとっては)明らかなことと思われるし、何よりも「国家語」ではなく「国語」といえば、それは自然にその「語」の背後に国粋主義的もしくは民族本質主義的とでもいうべき思想が控えていることを示しているように思われる。

122~123ページの、ホモ・サピエンス=叡智のある人=書き言葉の使用者=人類、という等式が成り立ちそうな記述にも大いに疑問が湧いてくる。仮に、ホモ・サピエンス=叡智のある人=書き言葉使用者=人類、という式が成り立つならば、それはメタレベルの「人類」の社会的存在形態の一つでしかない。そうでなければ、無文字社会≠人類社会、という恐るべき「本質」が導き出されるまでである。

想像の共同体

『想像の共同体』の読み込みも(おそらく意図的なものだと思われるが)言語偏重。
とくに「同じ言葉を共有する人たちとは同じ共同体に属する、という思いが生まれてくる」(112ページ)というのは、偏重を超えて、明らかに誤読である。こんな解釈は許されないはずである。実際には、言語は共同体の想像のための必要条件ではあっても十分条件ではない。

言葉(出版語)を共有してれば共同性が想像され、ナショナリズムが生まれ、しまいには「無名兵士の墓」が築かれる──ワケがない。水村の「紹介」は、まるっきり自生的な(spontané)「民族自決」論(言語、宗教、その他の文化を指標にして「民族」は共同体として把握することが可能であり、その共同体が国家を形成することは自然なことであるとする言説、そしてそうした「論理」で国家を正統化する言説)である。

水村は『想像の共同体』に引用されているヘルダーのことばを引いているが(112ページ)、そのヘルダーのことばの直後にアンダーソンが付した軽蔑的もあらわなコメントについては読み飛ばしてしまったようだ。

学問

また、「学問」は「普遍語」──「国語」(水村のいうそれ)よりもはるかに大きな範囲をカバーする言語(ラテン語、漢文、フランス語、今日の英語など)──でなされなければ「本質」に背くと水村はいう。

端的に言って、学問界(という界/場)の相対的独立性を強調しすぎるので、こういうことになるのである。
学問する者たちの「市場」は彼らの「界」の中にのみ存在するのではないし、むしろ彼らはいつも何らかの外部──そう、「貢献する」対象である!(ex. 国民[フォルク])──を想定してきたのであり、近代以降はますますそうであったはずである。

134ページ前後で、「翻訳」の「本質」について述べている部分も、「本質」という言葉が軽い。水村によれば「翻訳」とは、「普遍語」の知識のライブラリから知識を取り出して「国語」(水村のいうそれ)のライブラリを建設・拡充するという作業なのだそうである。しかし〈俗語―国語〉翻訳は〈普遍語─国語〉翻訳に対してここで語るには足らない、というのであればまだしも、前者が「本質」でないとまでするのは乱暴としかいいようがない。


……以上のような次第で、『日本語が亡びるとき』を読む場合には、それなりの「構え」を持って望んだ方がよい、ということになりそうである。

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2008年11月13日木曜日

『アイデンティティ/他者性』

例のごとく,衝動買いしてしまったアイデンティティ/他者性 (思考のフロンティア),おおまか読了.

この本,タイトルと内容が一致していない.否,すくなくとも「タイトルから一般に期待されるモノ」ではない.この本で取り扱われているのは,(そのタイトルにもかかわらず)いわゆる「自我アイデンティティ」の話ではない,と言っていいと思う.分析の対象となっている人物というのが特別な,悲惨な経験をくぐり抜けてきた人びとであるという意味ですぐれて特殊ケースであるし,そうした人びとのアイデンティティ,というよりはむしろ彼らの個人史と彼らの著述のスタイルの問題を扱っているという点でより総合的な分析である.

それはそれとして,また分析のあまりにも文学的(?)なところに辟易させられた.著者の深い(?)分析(?)について行けない.もちろん著者としては「当然のこと」を説明しているつもりなのかもしれないが….こういう文章を読める人というのは,たぶん,相応の文化資本の相続人なのではないかと思う.そういう意味で「他者性」というものを感じる一冊であった.
(※注: ぼくがそのような感じを受ける文書もしくは文書以外のものというのはおびただしく存在するので,別にこれはこの著書の特別であることを指摘しているのではない.)

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2008年9月10日水曜日

佐藤裕『差別論』読了

「差別」をその行為,それが行われる過程に注目して,差別者-被差別者という2者関係(心理学的分析)に代えて差別者-共犯者-被差別者という3者関係(社会学的分析)の間で行われる「同化」と「排除」という概念で分析する.

非常におもしろい.そしてかなり読みやすい.何かよい着想を得られた,という感じ.しかし本書は表現がちょっとあいまいな部分もあり,物足りない.

2008年8月28日木曜日

『闇の子供たち』読了

東南アジアにおける児童売買,売買春,臓器売買(もちろん子供たち自身はこれらの経済の主体として存在できない)の解決にとりくむ,現地のNGOと,海外からこれに参加するボランティアを主人公とするお話.

8歳前後で売られ/買われ,監禁され,「訓練」を受け,売春をさせらて,エイズやその他の病気,暴行で死亡すれば文字通り,ゴミ処理場に捨てられる子供たち.こうした子供たちを保護しようと活動する人びとは,マフィアどころか,警察や軍の暴力の標的となる.

あまりにも救いのない世界.

児童売買春の問題にかぎらず,労働問題,人権問題,環境問題,さまざまな「救いのない」問題は,いつも僕たちの生活──社会・経済──と表裏をなすものなのに,そうした問題はますます僕たちのもとから,地図のうえでも,意識のうえでも,遠ざかっていく….僕たちは,何のために学校で「公害」だとか「貧困」だとかいう言葉を,いったい何のために勉強しているのだろうか? 中国のことでも,同じことを考えさせられる.

「国」は閉じた社会ではない.国と国との間で,人も金も物も動く.世界は,地続きのひとつの「場」である.なるほど,それは平坦に統合されている「場」ではない.ある国/地域にはその地域ごとに政府があり自治体があり,企業があり,マフィアがあり,NGOがあり,それらが互いに関わり合い,もがき合う「場」が存在する.そしてそうした小さな(?)「場」は,より大きな「場」を構成する.北側の資本と権力は,南側の「商品」を買いあさり,それが「商品」の生産を刺激する.北側が廃棄物を捨てる場所を求め,南側が「処理場」──貧弱な環境規制──を提供する.

最悪である.むろん自分自身をもふくめて…

2008年8月23日土曜日

イザベラ・バードの日本紀行

ここのところ生来の怠け癖を最大限に発揮してちっとも読書は進んでいなかった。
イザベラ・バードの日本紀行』(イザベラ・バード著、時岡敬子訳 講談社学術文庫)は、ともかく目的の箇所はだいたい読み終えた。
明治7年、日本国内、おもに東北~北海道を旅したイギリスの旅行作家による紀行文。

不思議な本であった。もっとも、外国人の手になるそれはもちろん、そもそも紀行文という種類のものがはじめてであった。

自分自身が「昔」のことなどさっぱり分かっていないので、著者の見聞きしたことに感心することもあり、疑問に思うこともあり(これは著者の勘違いでは、とか)。

少なくとも僕が読んだ箇所については、全体として、しばしば「日本」や「蝦夷」(蝦夷地)には宗教がないという表現が目立つ。仏教の念仏も、アイヌのカムイノミも、彼女に言わせれば「宗教」ではない。迷信に沈み込んだこの島国で、医療伝道団が西洋の「科学」と「宗教」をとく。

アイヌ民族に対する評価は、「和人」に対するそれより明らかに良いものであるが、そうであっても彼女は、アイヌの人びとが「進化論」的に滅ぶよりほかないと確信している。

心地よい気候、天候、風景、不調和なのは「アイヌ──これまでかくも多くの名もない被征服民族を受け入れてきた、あの広大な墓場へと身を沈めつつある、進歩の余地のない無害な人々──の光景」(『イザベラ・バードの日本紀行(下)』pp.71)。

何と不愉快な審判だろうか。もちろん通詞として雇われ同道している伊藤の「アイヌに丁重な態度をとは! 人間じゃなくて犬にすぎないのに」(同書、pp.73)という、レイシズムとは異なる「態度」ではある。

平取のコタン(村落)では、しきりに「自分たちの風習について話を聞いたことは日本の役人には黙っていてほしい」と懇願されている。すでにいわゆる「同化政策」の影響が現れているともいえるだろうし、といってこのころはまだ「黙っていてほしい」ということで済んでいた、ということもいえるだろう。

函館から太平洋岸の平取までの、和人・アイヌのさまざまな生活が描かれている。コタンの住人のことばや祈りのなかに感心させられるものが多々あった。
かくもやさしく、伝承のなかの祖先や英雄を尊敬し、旅人をコタンにある限りの物資で──それがなくなれば遠方から調達してまで──歓待する人びとに、冷徹なダーウィニズムを適用することがどうしてできよう。

また以前別の文書──おそらく小川正人氏の論文──の中でも、この箇所を引用しているものがあったが、「楽器には三弦か五弦のギターのようなものがあり、弦は岸に打ち上げられた鯨の腱でつくります」(同書、pp.133)という記述がある。平取のコタンでの文章であるから、もしこの楽器をバード自身がその目で見たということになると、これはどういうことになるだろう…。この楽器が樺太アイヌの弦楽器トンコリだとすれば、アイヌ同士の交換々々よって太平洋岸にまできた、ということになるのか。